おそばのおいしさには文化が反映されている――イラストレーター・イトウエルマさんが立ちそばに感動した理由
となりの偏愛LIFE

おそばのおいしさには文化が反映されている――イラストレーター・イトウエルマさんが立ちそばに感動した理由

#カルチャー #ライフスタイル

日々をいきいきと過ごしている人=さまざまな「好き」を探求している人にお話をうかがう連載企画「となりの偏愛LIFE」。第21回のゲストは、立ち食いそば店の体験ルポをまとめた書籍『立ちそばガール!』を上梓するなど、立ちそばの魅力を発信し続けているイラストレーターのイトウエルマさんです。


今でこそ立ちそばに偏愛を注いでいるイトウさんですが、以前は立ちそばに偏見があったとのこと。そんな彼女が認識を改めた理由とは? 立ちそばのどの要素に惹かれるようになったのか?


今まで食べてきた立ちそばを細かく記録した「立ちそばメモ帳」を見せてもらいつつ、彼女の考える立ちそばの魅力や“おいしい”の定義などについて伺いました。

「魅力を感じない」と思っていた立ちそばの衝撃的なおいしさ

イトウさんは立ち食いそばの造詣が深いということで……前提としてまず気になったのですが、「立ち“食い”そば」ではなく、「立ちそば」と表現されているんですね?

イトウ

「立ち“食い”」という響きが可愛くなくて萎えるなと思って、私は「立ちそば」と呼んでいるんです。


以前、京都のお店に行ったとき、うしろを歩いていた女の子たちが「なんの店?」「立ちそばの店」と会話していたから「京都でも『立ちそば』って言ってくれてる!」と思って、すごい心強かったんですよ。

じゃあ、ここからは「立ちそば」でいきましょう。イトウさんが立ちそばにハマったきっかけとは?

イトウ

最初はお仕事でした。当時の私は手打ちそばを習っていて、今考えるとすごく鼻持ちならない人間だったんです。「おそばといったら手打ち以外ないよね」って、ぶん殴りたいくらい生意気だったんですけど(笑)。


そしたら、日経ビジネスオンラインの編集者さんから「その視点で立ちそばの体験ルポを書いてみたらどうですか?」と依頼されて。私は「えーっ、クオリティはどうなの……?」ぐらいに思っていたんです。


当時のわたしは、立ちそばに「早くて安いけど、味は期待できない」というイメージを抱いていたんですね。

イラストレーター・イトウエルマさん

イトウ

最初に訪れたのは、渋谷にある「蕎麦・冷麦 嵯峨谷(さがたに)」というお店でした。「このお店は茹でたての十割そばを提供する」という事前情報を得ていたのですが、私は十割のおそばを打つ大変さを知っているから「本当においしくできるわけ?」ぐらいの気持ちで食べたんです。


そしたら、本当にショックを受けるほどおいしくて。十割そばってちぎれたりボソボソしちゃったり、生麺にするのがすごく大変なんです。私、十割そばが打てなくて、手打ちそば教室のお手洗いに行ってこっそり泣いていたくらいでした。だけど、このお店のそばはコシは強いし、すぐ切れないし、茹でてから時間が経ってもちゃんとおいしいし「あれ、どうなってんの?」って(笑)。なのに、お値段が申し訳ないくらい安い!


加えて、嵯峨谷さんには若い女性のお客さんが少なくなかったんです。そこで「今まで私はなにをしていたんだろう!?」と、目が覚めました。

立ちそばって、かつては男性のビジネスパーソンが「仕事の合間にサッと立ち寄る」イメージがありましたが、今は女性が気軽に立ち寄る光景も見かけるようになりましたね。

イトウ

立ちそば業界が、女性を取り込む努力をし始めたんです。「労働人口が減少してきている」という危機感から、人口の半分を占める女性を取り込まないでどうする?みたいな。そこで2000年代初頭ぐらいから、それまではなかった椅子を置く店が増えだしました。


そして、立ちそば自体が昔よりおいしくなっていった。冷凍麺が良くなったり、お店で天ぷらを揚げるようになったり、いろいろな要因があるのですが、特にコロナ禍あたりで業界全体の味が変わった気がします。東京のおそばのつゆって、昔は飲まないのが当たり前なくらい辛かったですよね? でも、おつゆの出汁が良くなり、辛さがだんだん薄まっていったんです。


そういうこともあり、今は女性や、食事そのものを楽しみたい人にも人気が出てきていると言えるのではないでしょうか。

そういった背景があるのですね。

イトウ

実は立ちそばって、時代とともに進化する食べものです。一見、おじさんがやる気なさそうにやっているお店でも、案外「今はどんな味がウケるんだろう」と時代に合わせて頑張っている。ラー油ブームが起こったときには、ラー油を取り入れるお店が増えました。「どういう味が現代に合うのか?」と試行錯誤しなから、立ちそばはつくられている印象です。

東京と地方では“おいしい”の定義が違う

お話を聞いていると、もはや一般的なそば店と立ちそば屋さんに大きな違いはないのでは?と感じます。

イトウ

そうですね、実際のところ、一般のそば店と立ちそば屋さんの違いは今やかなり曖昧になっていると思います。明確に違うところを上げるとすれば、立ちそば店では、味以外の部分では常にコスト圧縮を優先していることでしょうか。


たとえば券売機。券売機を利用することで、お店、客双方の大幅な時短になりますし、なんなら店員一人でも回せます。お店も狭いところが多く、客席だけでなく厨房も動線を切り詰めている。そうすることで早く提供ができます。


こういった工夫の積み重ねによって、とっても美味しいおそばがリーズナブルにサッと楽しめるんですね。それってすごいことだなと思います。

本当においしいものを食べられる、身近な存在なんですね。

イトウ

加えて、立ちそば店では天ぷらをはじめとするトッピングを選べるところが多く、自分好みのおそばを楽しめるのも楽しいところです。


ちなみに私は天ぷらの乗るおそばにはわかめを添えるのが好きです。わかめが、いかだのようになって天ぷらのカリカリ感が持続しますよ。さらに、わかめと一緒にいただくことで食後のもたれ感がなくなります!

―立ちそば店ならではの楽しみ方があると。そういえば、イトウさんは地方の立ちそば店にも訪れるそうですね。

イトウ

立ちそばの連載を始めてから、「こんなお店もあるよ」と地方のお店の情報が入ってくるようになりました。「じゃあ、地方も行ってみようか」とゆるい感じで行ってみると、東京と地方では“おいしい”の定義が違ったんです。


東京のおそばは、麺とつゆが命。麺は細くて長くてつながっていて、茹でたてが主流です。そして、一番お金をかけているのはおつゆです。江戸っ子は服の裏地にお金をかけると言われています。つまり、見えないところにお金をかける人たちということ。それって、おそばではおつゆなんです。


一方、地方ではそばを行事で食べるものとして扱うことが多い印象ですね。たとえば、茨城の山間部の、御料たばこを作っていた地域では、土質改善のためにそばを育てていたんですけど、ここではハレの日にけんちんそばを出す習慣がありまして。そば打ち・茹で・野菜を炒めてけんちんにしておつゆをつくる、といった工程はとても1~2人で同時にはできないので、あらかじめ茹でておいた麺で提供するのが当たり前でした。かつての私は「打ちたてこそが、そば!」なんて思っていましたが、地域によっては茹でた麺を美味しく食べる工夫こそがおそばの特色。地方遠征で固定観念が砕かれましたね。

イトウ

私が立ちそばに惹かれるのは、文化が反映されているからなんです。東京の職人の多い地域の立ちそば店へ行くと、ぶっきらぼうな店員さんがビシッとおいしくて見目麗しいおそばをつくってくれる。だけど、商人が多い地域のお店は店員さんのキャラが全然違う。たとえば、大阪なんばのお店は人懐っこくて客との距離が近い。で、安いのに出汁が美味しくて調理技術の冴えがものすごい。パッと食べてサッと帰る江戸のおそばがあれば、地域の成り立ちに結びついた地方のおそばもある。


立ちそばを通じ、その土地への理解が深まっていくんです。“おいしい”って主観だけれど、文化を踏まえての“おいしい”もあるんです。

―立ちそば店の持つ背景からも、おいしさを感じ取れるんですね。

食べた立ちそばをイラスト化しないと、次のおそばが食べられない

―イトウさんは、食べた立ちそばを文字とイラストで記録する「立ちそばメモ帳」をつけているそうですね。

イトウ

私は旅行が好きで、いつもイラストで旅日記をつくっていました。それで、「日常でもこういうことができたらいいな」と思っていたんです。その後、立ちそば店を巡るようになり、試しに旅日記風に記録してみるとすごく楽しかった。それから、立ちそば専用のスケッチメモをつくるようになりました。

イトウ

たとえば、これは日本橋にある「そばよし」(東京都中央区)さんのメモです。そばよしさんは、江戸時代から続くかつお節問屋さんの13代目が始めたお店。「西洋の食の習慣が普及すると、かつお節の需要がなくなるかもしれない」という危機感から、出汁のおいしさを知ってもらうために開店したそうです。これはかけそばを描いたものですね。


こっちは「生のりそば」と「しらすおろし丼」。

―うわーっ、すごい綺麗なイラスト!

イトウ

私は毎日おそばを食べているので、ペン入れを翌日に持ち越さないように心がけています。そうしないと、昨日の記憶と今日の記憶が一緒になってきちゃう。3日も経つと、記憶はもう曖昧です。だから旅先でもなるべくその日に完結させて、色は東京に戻ってから塗ります。

おそばを食べれば食べるほど、忙しくなってしまいますね……。

イトウ

正直、イラストを真剣に描くようになればなるほど作業時間は長くなりました。そのせいで、最近は次のおそばがなかなか食べられなくなってきています(笑)。

描くだけならともかく、色も塗らないといけないのですごく大変ですね。

イトウ

東京の立ちそばはかつお節重視なので、おつゆの色がちょっと黄色みがかるんです。でも、西日本へ行くと白出汁文化なのでおつゆはちょっと青みがかる。その違いを絵の具で調整しているのですが、こだわり始めるとサササッと塗るわけにはいかなくなりました。

立ちそばの最大の魅力は「地域性」と「個性」

立ちそばへの偏愛を続けるなかで起こる苦しみのようなものはありますか?

イトウ

苦しみ? う~ん、どうだろうな……。人付き合いが悪くなっているかもしれないですね。おそばを食べて、イラストを描いて、もうちょっと丁寧に描きたいと思っている。その結果、ほかのなによりも立ちそばを優先したい気持ちになりました。だから、かなり一人で楽しく過ごすのが上手になっています。

いや、それってすごく幸せなことですよね?

イトウ

そうなんですよ! 「自分はほとんど1人で完結している」と思うけれど、それになんら不満はないんです。


だから、たまに人と会うとまるで山奥から出てきた人みたいにわーっとしゃべってしまいます。会った人にびっくりされるぐらいの熱量でしゃべっちゃう(笑)。ときどき、「私は人といい距離感で話せているのかな?」って心配になることもあります。

いやいや、それって素敵ですよ! では、立ちそばに偏愛を注ぐイトウさんが実現したいこと、目標はありますか?

イトウ

「立ちそばメモ帳」をつくっている最中、「今、私は素晴らしいものを描いている」と思うことがあるんです。でも、翌日に見返すと「いまいちだな」「もっとこうやりたいな」と必ず感じてしまう。


だから、絵を見ただけで「ああ、あのときの麺だ!」と思い出せるおそばを描くことが私の目標です。「このときのおつゆはこうだった」と説明できるくらいのおつゆを描くことも私の目標です。そういう、もっと自分を納得させられるものを描かないと……。

今はまだ納得していないんですか?

イトウ

納得してない。このスケッチブックを見るだけで「ああ、こんなおそばだった!」と自分に思わせたいんです。


ノートをつくり始めた頃は、「走り描きでOK」と考えていました。だから、今見返すと「自分、この程度でいいの!?」と思っちゃいます。つい1冊前のスケッチブックを見返しても、「ああ、ここが描けていないなあ」と目についてしまう。逆に言えば、1冊ごとに微妙な部分で成長しているんでしょうね。

旅先の風景を一緒に描いていたり、ノートの下段にマンガを残していたりと、スケッチブックによって記録の試行錯誤が見える

もう、伸びしろしかないですね。

イトウ

伸びしろしかないんです。本当に、そう思ってやっています。

最後の質問になりますが、イトウさんが考える立ちそばの最大の魅力とはなんでしょう?

イトウ

地域性と個性です。


たとえば、パリに行ったら三ツ星のレストランがたくさんありますよね。でも、地元の人がよく行く庶民的なお店があったら、そっちに行ってみたくないですか? そういうお店へ行くと、ぶっきらぼうだけど温かみのあるおじさんがおいしいメニューを手頃なお値段で出してくれています。


地元の人が殺到するお店は、三ツ星に劣らない魅力がある。三ツ星だけ食べる人が、果たして本当にパリをわかっているといえるのかな?って。あらゆるお店の料理を食べ、「地域の文化を踏まえてこの料理はできたんだな」「庶民に人気のこの要素が取り入れられているんだな」と理解してこそ、わかることがあるじゃないですか。


おそばに愛があれば、同じように立ちそばも三ツ星くらい尊いものだって気付けるんです。私は「立ちそばメモ帳」を描いて、見つめることで、その事実に気付けました。


「立ちそばメモ帳」には、お店に訪れる人や、そこで働く人も描いています。イラストに人を入れるだけで、街の空気が入ってくる。「みんなが集うあの店へ行くと、こんなことがあった」という感動……私の心のなかをノートに描いています。


お店に行き、おそばを食べ、自分のなかに新しいなにかを吹き込みつつ、私は立ちそばを楽しんでいきたいと思います。

PROFILE

イトウエルマ

イラストレーター

2013年から日経ビジネスオンライン(現・日経ビジネス電子版)に「ワンコイン・ブルース」を連載し、現在もブログで立ちそばの魅力を発信し続けている。著書に『立ちそばガール!』(講談社)。『マツコの知らない世界』(TBS)など出演も多数。


ブログ「イラストで綴る日常」:https://ameblo.jp/elmaito/


CREDIT

取材・執筆:寺西ジャジューカ 撮影:小野奈那子 編集:モリヤワオン(ノオト)

ブランド名

商品名が入ります商品名が入ります

★★★★☆

¥0,000

PROFILE

山田 太郎

CO-FOUNDER & CTO

親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。

山田 太郎

CO-FOUNDER & CTO

親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。

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